
メンタルトレーニングと聞くと、多くの人は「ポジティブな言葉を唱える」「イメージトレーニングをする」といった、何かを「する」トレーニングを思い浮かべるかもしれません。
しかし、今回ご紹介する自律訓練法は、それとはまったく逆のアプローチをとります。
これは、心身をコントロールしようと「努力する」のではなく、ただ受け身の姿勢でありのままを受け入れる、いわば「何もしない」トレーニングとも言えます。この一見変わった方法が、なぜアスリートやミュージシャンのパフォーマンス向上に役立つのでしょうか。
「何もしない」トレーニングとは?
自律訓練法は、心身のリラックスを意図的に引き起こす心理療法の一つです。
「腕が重い」「腕が温かい」といった特定の感覚を心の中で静かに反復することで、全身の緊張を解きほぐし、深いリラックス状態へと導きます。
このトレーニングの鍵は、「こうならなければならない」と力んでいることに気づく点にあります。腕を「重くしよう」と頑張るのではなく、「重くなっていく感覚」をただ受け入れる。これが、自律訓練法の「受動的な姿勢」という本質です。
これは、パフォーマンスを向上させようと焦るあまり力んでしまう人、本番前のプレッシャーに気持ちのコントロールが難しい人にとって、非常に重要な考え方をもたらします。
受動的な姿勢がもたらすもの
アスリートやミュージシャンにとって、完璧なパフォーマンスには「フロー状態」や「ゾーン」と呼ばれる、極度の集中状態が不可欠です。
しかし、この状態は、無理に「集中しよう」「力を出そう」とすると、かえって遠のいてしまうことがあります。
自律訓練法を通じて「受動的な姿勢」ことを学ぶと、意識的に心身の力を抜くことができるようになります。これにより、以下の重要なメリットが得られます。
1. 無駄な力みをなくす
本番での緊張は、無意識のうちに体に余計な力みを生み出します。自律訓練法は、その力みを自覚し、取り除くための訓練です。体の感覚に意識を向けることで、余分な力が入っている部分に気づき、自然と緩めることができるようになります。
2. 本番のプレッシャーを捉える
本番では、「失敗したらどうしよう」という雑念や、観客の視線といった外部からの刺激に意識が奪われがちです。自律訓練法は、こうした感情や思考を「ああ、今、自分は緊張しているな」と、客観的に捉える姿勢を養います。つまり、感情に飲み込まれるのではなく、「あるがままの自分」を冷静に見つめることができるようになるのです。
3. 最高の集中状態へ導く
深いリラックス状態は、脳をクールダウンさせ、最高のパフォーマンスを発揮するための準備を整えます。何もしないトレーニングを重ねることで、いつでも、どこでも、短時間でこの状態を作り出すことが可能になります。これにより、本番直前でも、雑念に囚われることなく、本来の力と集中力を発揮できるようになるのです。
まとめ
自律訓練法は、何かを「足す」メンタルトレーニングではなく、余分な力や雑念を「引く」トレーニングです。
アスリートやミュージシャンの皆さんが練習で培った力を100%発揮するためには、この「受動的な姿勢」を通じて、心身のバランスを整え、「今ここ」に留まることを学ぶことが、大きな武器となります。
