もくじ
はじめに:フリッツ・パールズの遺した詩
精神療法の一つであるゲシュタルト療法の創始者、フレデリック・パールズ(Frederick Perls)は、その哲学を象徴する有名な詩を残しました。通称「ゲシュタルトの祈り」と呼ばれるこの言葉は、自立した人間関係と自己受容の重要性を端的に示しています。
わたしはわたしのことをする。あなたはあなたのことをする。
わたしはあなたの期待に沿うためにこの世にいるのではない。
あなたもわたしの期待に沿うためにこの世にいるのではない。
あなたはあなた、わたしはわたし。
もし、偶然わたしたちが出会えたなら、それは美しいことだ。
もし、出会えなかったとしても、それもまた、仕方がない。
この詩は、一見突き放したように聞こえるかもしれませんが、実は最も健全で成熟した自己受容と他者との関係性を教えてくれています。
1. 「わたしはわたしのことをする」:他人軸からの卒業
現代社会で生きづらさを感じている人の多くは、無意識のうちに「他人軸」で生きてしまっています。
- 職場で「どう評価されるか」を基準に行動する。
- 友人の機嫌を損ねないように自分の意見を曲げる。
- 家族の「こうあるべき」という期待に応えようとする。
自己の感情や行動の判断基準が常に他者(あなたのこと)にある状態です。
わたしはわたしのことをする。あなたはあなたのことをする。
この祈りの冒頭は、自分の人生の主導権を握ること、つまり自己責任の宣言です。
【このフレーズがもたらす変化】
- 責任の明確化: 「あなたの問題」と「私の問題」を切り離し、「わたしがすべきこと」に焦点を絞ることで、他者の感情や期待に振り回される過度な負荷から解放されます。
- 主体性の回復: 誰かの承認や、周囲の顔色を待つ受動的な態度から脱却し、能動的に「わたしはわたしの選んだ行動」をするという内的制御へと焦点を移すことができます。
「わたしはあなたの期待に沿うためにこの世にいるのではない」— このフレーズは、他者の人生を生きることから卒業し、自分自身の価値観に基づいて行動する勇気を与えてくれるのです。と距離を置く)の練習になります。
2. 「あなたはあなた、わたしはわたし」:健全な境界線の確立
あなたはあなた、わたしはわたし。
このフレーズは、ゲシュタルト療法の重要なテーマである「境界線(Boundary)」の確立を意味します。
心の境界線が曖昧だと、私たちは他者の感情や問題を自分のものとして背負い込んでしまったり、逆に自分の責任を他者に押し付けてしまったりします。
- 共依存: 相手の機嫌や状態に過度に影響される。
- 自己責任の回避: 自分の感情や行動の原因を、環境や他者のせいにする。
この祈りは、「自分の感情や行動に責任を持つのは自分自身であり、相手の感情や行動に責任を持つのは相手である」という自立(Independence)の姿勢を促します。
他者との間に健全な境界線を引くことで、私たちは過度な同一化や支配から解放され、結果として他者を尊重し、ありのままの自分を受け入れる土台を築くことができます。
3. 「偶然の出会い」がもたらす自己受容
もし、偶然わたしたちが出会えたなら、それは美しいことだ。
もし、出会えなかったとしても、それもまた、仕方がない。
結びのフレーズは、他者との関係をコントロールしようとしない「受容(Acceptance)」の境地を示しています。
- 他者と繋がれなくても、自分には価値がある。
- 他者と繋がれたら素晴らしいが、それがなくても欠けているわけではない。
この深い自己受容は、「今、ここ(here and now)」というゲシュタルト療法の理念を体現しています。過去の後悔や未来の不安に支配されることなく、「今の自分」の存在そのものを肯定する姿勢が、真の心の安定をもたらすのです。
まとめ:心の自由を手に入れる「祈り」
「ゲシュタルトの祈り」は、私たちが無意識に背負っている他者の期待や支配から心を解き放ち、「自分自身であろうとする」勇気をくれる詩です。
この「ゲシュタルトの祈り」を心の指針とすることで、私たちは他人軸の苦しさから卒業し、自分だけの人生を主導しつつ、他者との出会いを真に楽しめるようになるでしょう。



