読むセルフケア

偉人の名言に学ぶ心のレッスン:カミュの言葉に学ぶ「思考の客観視」

1. はじめに:なぜ「自分らしく」いることが難しいのか?

多くの人が心の悩みを抱える時、その根底には「自分以外の誰かになろうとする苦しさ」が横たわっています。

  • 「もっと完璧でなければならない」
  • 「周囲の期待に応えなければならない」
  • 「あの人みたいに、もっと優秀でなければ」

こうした自己批判的な思考や、理想とのギャップに苦しむ私たちに、ノーベル賞作家のアルベール・カミュは、こんな静かで力強い言葉を贈っています。

「自分自身であろうとし、自分以外の誰にもなろうとしない」

— アルベール・カミュ

このシンプルな言葉は、まさに認知行動療法(CBT)が目指す「心の健康」の核心を突いています。今回は、このカミュの言葉をヒントに、自己批判から一歩距離を置き、ありのままの自分を受け入れるための心理学的な手法を解説します。

2. カミュの言葉とCBT:思考から「距離を置く」ということ

カミュが言う「自分自身であろうとする」ことを妨げる最大の壁は、多くの場合、頭の中で自動的に繰り返される「自己批判的な思考」です。

認知行動療法では、この思考を以下の二つの概念で捉え、対処します。

① 認知再構成:思考の「偏り」に気づく

私たちは、自分の考えを「事実」だと信じがちです。しかし、不安や抑うつの状態にあるとき、その思考は「偏り」を帯びています。

例えば、「自分はダメな人間だ」という思考が湧いたとします。カミュの言葉に従うなら、この思考は「ダメな人間ではない理想の誰かになろうとしている」状態から生まれているのかもしれません。

【CBT的問いかけ】

  • 「この考えは、証拠に基づいているだろうか?」
  • 「この考えが100%正しいと言えるだろうか?」
  • 「友人が同じことを言われたら、私は何と声をかけるだろうか?」

このように思考を検証し、批判的な思考を「事実ではなく、単なる考えの一つ」として捉え直すことが、CBTの核となる認知再構成です。

② 脱フュージョン:「思考=自分自身」という融合からの解放

カミュの言葉の難しさは、「自分自身であろうとする」という点にあります。努力や意志が必要だと感じてしまうからです。

ここで役立つのが、脱フュージョンという技法です。

「フュージョン(Fusion)」とは、「思考と自分自身が融合している状態」を指します。つまり、「私は失敗した」ではなく、「私は失敗者だ」と、自分の存在全体と思考を結びつけてしまう状態です。

脱フュージョンとは、この融合状態を解き、思考と自分自身を切り離す技法です。

【脱フュージョンの実践例】

「私はダメな人間だ」という思考が湧いたら、心の中で次のように言い換えます。

  • 「今、『私はダメな人間だ』という考えが頭に浮かんだ」

こうすることで、私たちは思考の「内容」から、思考の「現象」へと注意を移すことができます。思考に支配されることなく、一歩引いて眺めることができるようになるのです。これが、「自分以外の誰にもなろうとしない」ための第一歩です。

3. 「二分法思考」を手放し、ありのままを受け入れる

「自分自身であろうとしない」状態は、しばしば二分法思考と関連します。これは「成功か失敗か」「完璧か無価値か」のように、世界を白黒でしか判断できない思考の偏りです。

カミュの言葉は、この二分法思考から私たちを解放してくれます。

  • 「完璧な誰か」になろうとしないこと。
  • 「自分自身」という曖昧で不完全な存在を、そのまま引き受けること。

カウンセリングやCBTの過程は、この自己批判的な思考を客観視し、「自分の考えは事実ではない」と気づき、不完全な自分を丸ごと受け入れるための安全な練習場です。

カミュの言葉を心の真ん中に置き、今日から一つだけ、自分を責める思考が湧いたときに「ああ、またこの考えが浮かんだな」と距離を置いてみませんか。それが、「自分自身であろうとする」心の健康への第一歩です。