精神症状

【公認心理師試験/臨床心理士試験対策】ストレスの基本と歴史

1. ストレス研究の歴史と情動理論

ストレスという言葉は、もともと物理学の分野で「外力」を意味する言葉でしたが、生理学や心理学に取り入れられる中で、その定義が確立されていきました。

セリエ(Selye, H.)とストレス

ハンス・セリエは、「ストレス研究の父」として知られています。彼は、生体に加えられる様々な有害な刺激(ストレッサー)に対して、生体が非特異的に示す反応をストレスと定義しました。セリエは、ストレッサーが引き起こす一連の生体反応を汎適応症候群(General Adaptation Syndrome: GAS)と名付け、この症候群を通じて身体が適応を試みる過程を明らかにしました。彼は、ストレッサーに対して生じる生体内の状態をストレス、その誘発因子をストレッサーと区別することを提案しました。

キャノン(Cannon, W. B.)と闘争・逃走反応

セリエ以前に、ウォルター・キャノンがストレスという言葉を科学論文で初めて使用したとされています。彼は、恐怖や怒りといったストレス状況下で、動物が副腎からアドレナリンを過剰に分泌し、生命維持に重要な臓器へ血液を集中させるなどの生理的変化が起こることを明らかにしました。この一連の生体反応は、敵に遭遇した際に「闘うか、逃げるか」という緊急事態に対応するための準備であり、闘争・逃走反応(fight-or-flight response)と呼ばれます。

情動の生理学理論

キャノンの研究は、情動の生理学理論にも大きな影響を与えました。試験対策としては、以下の2つの説を比較して理解することが重要です。

  • ジェームズ=ランゲ説(James-Lange Theory):情動は、身体の生理的反応(例:心臓の鼓動が速くなる、手足が震える)を知覚した結果として生じると主張します。「怖いから震えるのではなく、震えるから怖い」という考え方です。
  • キャノン=バード説(Cannon-Bard Theory):情動と身体の生理的反応は、脳の視床からの指令によって同時に生じると主張します。つまり、ストレッサー(例:クマに遭遇)に直面すると、脳が「恐怖」という情動と「闘争・逃走反応」という身体的反応を同時に引き起こすと考えます。

2. 心理学におけるストレスの重要概念

心理学の分野では、1950年代にストレス研究が進み、以下の3つの重要な見解が確立されました。

  1. ストレスに対する反応は、個人によって異なる。
  2. ストレスは、状況そのものよりも、その状況をどのように認識するかによって決まる。
  3. ストレスの程度は、個人の対応能力に依存する。

ラザルス(Lazarus, R. S.)の認知的評価

リチャード・ラザルスは、心理的ストレスを研究する上で、個人の**認知的評価(cognitive appraisal)**を重視しました。彼は、ある出来事がストレスになるかどうかは、その出来事が有害であるか、脅威的であるか、挑戦的であるかを個人がどう解釈し、評価するかによって決まると考えました。

マグラス(McGrath, J. E.)の不均衡モデル

ジョン・マグラスは、心理的ストレスを、個人に対する要求(ストレッサー)と、それに対する個人の反応能力との間に著しい不均衡が存在するときに発生すると定義しました。

ホームズとレイ(Holmes, T. H. & Rahe, R. H.)のライフイベント

トーマス・ホームズとリチャード・レイは、ライフイベント(人生の出来事)がストレスの原因になることに着目し、1967年に社会的再適応評価尺度(Social Readjustment Rating Scale: SRRS)を発表しました。これは、結婚、離婚、失業、引っ越しなど、様々な人生の変化を「ストレス度」として数値化したものです。この尺度は、良い出来事(結婚など)も悪い出来事と同様に、生活の変化をもたらすことでストレスとなりうることを示唆しています。

ストレイン(Strain)

ストレッサーが長期にわたって作用し、生体の適応反応が正常な限界を維持できなくなった状態をストレインと呼びます。この状態は、生体の恒常性(ホメオスタシス)が維持できなくなった歪みとして現れます。

3. ストレスの種類

ストレスは、その原因となるストレッサーによって、いくつかの種類に分類することができます。

  • 緊急的ストレス(Emergency stress):災害や事故など、突然の危機的状況に遭遇した際に生じるストレスです。キャノンの闘争・逃走反応がこれにあたります。
  • 身体的ストレス(Physical stress):暑さ、寒さ、騒音、振動など、身体に直接的な負荷がかかることで生じるストレスです。
  • 感覚的ストレス(Sensory stress):聴覚、視覚、嗅覚などの感覚器を通じて、過剰または不快な情報が入力されることで生じるストレスです。
  • 心理的ストレス(Psychological stress):現代社会で最も重要なストレスとされており、仕事のプレッシャーや人間関係など、心理的な要因によって生じるストレスです。

ストレスを多角的に理解することは、公認心理師・臨床心理士として、クライエントの抱える問題の背景を把握し、適切な介入を行う上で不可欠なスキルです。これらの基本概念をしっかりと押さえ、試験に臨みましょう。