心理療法

【公認心理師/臨床心理士試験対策】D.W. ウィニコットの情緒発達理論

ウィニコットは、小児科医と精神分析医という二つの立場を堅持した稀有な臨床家でした。彼は「一人の赤ん坊という存在はない」という有名な言葉を残し、「子どもと母親とを一つの単位」として捉え、その相互作用から情緒発達理論を構築しました。

1. 情緒発達の中心概念:「依存」と発達段階

ウィニコットの情緒発達理論は、幼児期早期の「依存 (dependence)」をその中心に据え、幼児は母親との関係性を通じて、依存状態から自立へと移行していきます。

依存の段階特徴臨床的意義
絶対的依存期 (Absolute dependence)幼児が全面的に依存している受動的な状態。母親の「原初の母性的没頭」と「抱えること (holding)」が発達促進的環境となる。環境の失敗が過度になると「絶滅の脅威」という原初的不安を生む。
相対的依存期 (Relative dependence)幼児が育児で何をしてもらいたいかを知り、それを独自の衝動に結びつけるようになる状態。クラインの「抑うつポジション」に相当する時期。精神分析療法における「転移」のなかに再現される状態。
自立 (Independence)育児がなくてもやっていけるだけの手立てを発達させ、内在化された環境がある状態。「一人でいられる能力」は成熟度を示す重要な指標。

2. 情緒発達を支える環境の概念:母親の役割

ウィニコットは、乳幼児の発達を促すために、母親(環境)が果たす役割を重視しました。

1. 抱えること(Holding)

  • 定義: 乳幼児が環境からの不必要な刺激や侵入から保護され、情緒的に支えられている状態、およびそれを提供する母親の機能全体を指します。単に物理的に抱きしめること以上の意味を持ちます。
  • 母親が乳児の身体的・心理的なニーズに対して適応的に反応し、外部からのストレスを遮断することで、乳児は「存在する連続性(Continuity of being)」を乱されることなく体験できます。
  • この「抱える環境」は、後の自我(Ego)の統合と、安定した自己感覚の基礎を築きます。

2. 原初の母性的没頭(Primary Maternal Preoccupation)

  • 定義: 母親が、妊娠の終わりから産後の数週間にわたって陥る、特殊な心理状態を指します。
  • この状態の母親は、一時的に自身の興味を失い、乳児のニーズに対して超然とした敏感さを発揮します。
  • これにより、母親は乳児の要求を予測的に満たし、乳児に万能感の錯覚を与え、「本当の自己」が育つ基盤となります。

3. 一人でいられる能力(Capacity to be Alone)

  • 定義: 成熟度を示す最も重要な指標の一つであり、「母親と一緒にいるが、母親の存在を必要としない」という逆説的な経験に基づいています。
  • 「抱えること」の体験を通じて、親密な他者(母親)の存在を信頼し、内在化できているからこそ可能になる能力です。

3. 人格構造の病理:「本当の自己」と「偽りの自己」

1. 本当の自己 (True self / Central self)

  • 「生得的な潜在力」を指し、独自の心的現実と身体図式を獲得し、「存在の連続性 (continuity of being)」を体験した自己です。

2. 偽りの自己 (False self / Pseudo-self)

  • 「環境の失敗 (Environmental failure)」に対する無数の反応の集積として発達します。
  • 環境の要求に過剰に適応することで、「本当の自己を保護するため」に組織化される防衛線です。

4. 発達の橋渡し:「移行対象」と「中間領域」

  • 移行対象 (Transitional object):親指、毛布など、乳幼児が慰めや心地よさのために用いる所有物。「自分で創造したもの」と「外界から与えられたもの」の間の最初の所有物として、客観的な現実に移行する際の助けとなります。
  • 中間領域 (Intermediate area):移行現象が起こる領域であり、「錯覚 (illusion)」が許容される領域です。子どもの遊びや、大人の芸術、宗教、文化体験へと発展します。

5. 情緒の成熟:「思いやり」と「罪悪感」の起源

ウィニコットは、クラインの「抑うつポジション」を「思いやりの段階 (stage of concern)」と呼び替えました。

  • 「思いやり (concern)」:この情緒発達が、「罪悪感 (guilt feeling)」をもつ能力の起源となると見なされます。
  • 罪悪感は、愛と憎しみの葛藤から生じる特別な性質をもった不安への耐性を意味します。

試験対策のための重要キーワードまとめ

ウィニコットの理論を理解するために、以下の重要キーワードは必ず正確に記憶してください。

  1. 抱えること (Holding)
  2. 原初の母性的没頭 (Primary maternal preoccupation)
  3. 環境の失敗 (Environmental failure)
  4. 本当の自己 (True self) / 偽りの自己 (False self)
  5. 移行対象 (Transitional object) / 中間領域 (Intermediate area)
  6. 一人でいられる能力 (Capacity to be alone)
  7. 思いやり (Concern) / 罪悪感 (Guilt feeling)
  8. 依存 (Dependence) / 存在の連続性 (Continuity of being)