心理査定

包括システム(Exner法)とは

はじめに

従来、ロールシャッハ・テストにはさまざまな解釈方法が存在し、臨床家ごとに解釈にばらつきがあることが課題とされていました。
その課題を解決するために、Exner(エクスナー)によって開発されたのが**包括システム(Comprehensive System:CS)**です。

このシステムは、多くの流派の採点方法を統合し、実証的データに基づいた標準化された分析方法を提供します。
被験者の反応を定量化し、再現性のある形で心理的特性を把握できることが最大の特徴です。
日本では「片口法」として知られ、片口法が示す統一的な基準によって評価者間の信頼性が高まります。

1. 受検態度:検査への向き合い方

まず、クライエントが検査にどのように取り組んだかを示す指標です。

  • R(反応数)
    • 正常範囲: 14以上
    • 備考: 14個に満たない場合は、通常もう一度実施を検討します。これは、反応数が少なすぎると十分な情報が得られないためです。
  • Rej(反応拒否)
    • 備考: 設定値はありませんが、特定のカードで反応を拒否する場合、そのカードが象徴する内容への抵抗や困難を示唆することがあります。
  • R1T(Av)(初発反応時間)
    • 備考: 原法では特に設定されていませんが、日本では、気分の動揺、思考障害、あるいは知能の問題を推定するために参考にされることがあります。反応に時間がかかりすぎる場合、何らかの心理的葛藤や混乱がある可能性が考えられます。
指標説明基準・目安解釈・備考
R(反応数)出された反応の総数14以上が望ましい少ないと再実施。多すぎると過剰反応や衝動性の疑い。
Rej(反応拒否)回答を拒否した頻度設定なし関与意欲の低さ、回避傾向を示唆。
R1T(初発反応時間)最初の反応までの時間指標なし(国内で使用)思考の流暢さ、情緒安定性の目安。

2. 発達水準の評価

クライエントがインクのシミをどのように知覚し、概念化するかを示す指標で、知的な活動の質を反映します。

  • +(統合反応)
    • 健常成人基準値: 4~7(約55%)
    • 解釈: 2つ以上の別々の対象を見て、それらを意味のある関係で統合して述べる反応です。「これは犬と猫が一緒に遊んでいるところ」のように、複数の要素を結びつけます。知的活動が高く、物事を深く考え、熟考する人に多い傾向があります。
  • v/+(準統合反応)
    • 健常成人基準値: 0(約78%)
    • 解釈: 複数の対象を統合しようとしますが、明確な形態を持たなかったり、統合の必要性が低いにも関わらず統合したりする反応です。
  • o(普通反応)
    • 健常成人基準値: 11~19(約61%)
    • 解釈: 特定の形態を必要とする対象を答える反応です。「これはコウモリに見える」のように、明確な形のあるものを答えます。心的努力をあまり必要とせず、複雑さを回避する傾向を表すことがあります。
  • v(漠然反応)
    • 健常成人基準値: 0~1(約62%)
    • 解釈: 形態がはっきりしない、漠然とした反応です。「これは雲に見える」のように、具体的な形を特定しないものです。意思の弱さ、想像力の乏しさ、あるいは不安からくる逃避的な傾向を示すことがあります。
指標基準(成人)解釈
+(統合反応)4~7(55%)複雑で論理的な統合が可能。知的・熟考型。
v/+(準統合反応)0(78%)統合はされるが論理性や形態が不明確。
o(普通反応)11~19(61%)平凡で努力を要しない認知。適応的な反応。
v(漠然反応)0~1(62%)不明瞭な知覚。逃避的・不安傾向。

3. 領域指標(焦点の当て方)

クライエントがインクのシミのどの部分に注目して反応したかを示す指標です。

解釈: インクのシミの「空白部分」を形として捉えて反応するものです。これは、否定的な物事の捉え方や、反抗的な傾向を示すことがあります。5以上と過度に多い場合、不満や怒りを適切に処理できない傾向を示唆します。

W(全体反応)

健常成人基準値: 8~14(約63%)

解釈: インクのシミ全体を見て反応するものです。

W+: 統合力、洞察力、創造性、計画性といった、全体を捉える能力の高さを示します。

Wo: 努力を必要としない単純な全体反応です。

Wv: 逃避的で想像力に乏しい全体反応です。

Wに偏る: 全体反応が過度に多い場合、完全主義や、細部への配慮を欠く傾向を示唆することがあります。

D(一般部分反応)

健常成人基準値: 4~12(約66%)

解釈: インクのシミの明白な部分に注目して反応するものです。常識的で現実的な課題処理傾向、つまり、物事を具体的かつ実際的に捉える能力を示します。

Dd(特殊部分反応)

健常成人基準値: 1~3(約67%)

解釈: 通常は注目されないような、インクのシミの非常に細かい部分や、珍しい部分に注目して反応するものです。4以上と過度に多い場合、完全主義、強迫傾向、または環境を過度にコントロールしようとする傾向を示唆することがあります。

S(空白反応)

健常成人基準値: 0~3(約67%)

指標基準解釈
W(全体反応)8~14全体性の把握。計画力や創造性を反映。
D(一般部分)4~12現実的・具体的な思考。
Dd(特殊部分)1~3完全主義や強迫傾向を示す。
S(空白反応)0~3否定的態度。5以上は攻撃性・不満処理困難。

4. 決定因子(知覚と反応のスタイル)

クライエントが反応を形成する際に、インクのシミの何に注目したか(形、色、動きなど)を示す指標です。

  • F(形態反応)
    • 健常成人基準値: 7~13(約54%)
    • 解釈: インクのシミの「形」のみに基づいて反応するものです。現実を客観的に認識する能力、つまり現実吟味力を示します。過度に多い場合、形式にこだわりすぎたり、感受性に欠けたりする傾向を示唆することがあります。
  • L(ラムダ:F / (R-F))
    • 健常成人基準値: 0.42~1.18(約53%)
    • 解釈: 形態反応(F)の割合を示す指標です。
      • 高値(1.19以上): 防衛的で、形式にこだわり、外界の複雑な刺激を単純化・回避する傾向を示します。
      • 低値(0.41以下): 情緒的で主観的な知覚が強く、感情に流されやすい傾向を示します。
  • 運動反応(M, FM, m)
    • M(人間運動): 人間が動いているように見える反応です。内的資源や想像力、計画性を示唆します。
    • FM(動物運動): 動物が動いているように見える反応です。本能的な衝動や欲求を反映します。
    • m(無生物運動): 無生物が動いているように見える反応です。外的状況によるストレスや葛藤を示唆します。

指標基準解釈
F(形態反応)7~13客観的思考の程度。多すぎると形式依存。
L(ラムダ)0.42~1.18高すぎると防衛的、低すぎると情緒的。
M / FM / m(運動反応)別表参照人間運動:思慮深さ、動物運動:衝動性。

5. 運動反応の質的分類

運動反応は、その動きの質によっても分類されます。

解釈: 現実逃避、依存、優柔不断な傾向を示します。空想傾向が強かったり、責任回避の傾向がある人に多いです。

a(積極的運動)

健常成人基準値: 3~6(約55%)

解釈: 自発性、柔軟性、現実的な行動傾向を示します。積極的な意思決定を行う人に多いです。

p(消極的運動)

健常成人基準値: 3~6(約56%)

解釈: 受動性、依存性、行動の消極性を示します。

a-pの差が2以上: 積極的または消極的傾向が顕著であることを示します。

Ma(積極的人間運動)

健常成人基準値: 1~4(約66%)

解釈: 自発的で現実志向的に行動する傾向、強い意志や行動力を示します。

Mp(消極的人間運動)

健常成人基準値: 1~3(約65%)

指標基準解釈
a(積極的)3~6自発性・柔軟性が高い。
p(消極的)3~6依存的・非決断的。
Ma(積極的人間運動)1~4現実志向で意志的行動。
Mp(消極的人間運動)1~3空想的、優柔不断、回避傾向。

6. 内容カテゴリー(反応内容)

クライエントが反応として何を答えたか(人間、動物、解剖図など)を示す指標です。クライエントの関心や内的世界を反映します。

解釈: 爆発や破壊的なイメージを答える反応です。攻撃性、敵意、特に青年期では独立性を示唆することがあります。

H(人間全体反応)

健常成人基準値: 2~4(約60%)

解釈: 他者への関心や、成熟した対人関係のあり方を示唆します。

少ない: 抑うつや対人関係への関心の低さ。

多い: 他者への過敏さや、他者への過度な関心。

Hd(人間部分反応)

健常成人基準値: 0~1(約70%)

解釈: 人間の体の一部(例:手、足)を答える反応です。警戒心や、他人の意図に対する不安を示唆します。

Hd > H: 対人関係において強い警戒心を持っている可能性を示唆します。

(H), (Hd)(非現実的人間反応)

健常成人基準値: 各0~2

解釈: 漫画の人物、神話の生き物、幽霊など、非現実的な人間やその一部を答える反応です。空想傾向や、傷つきやすさを示唆します。

All H(H+Hd+(H)+(Hd))

健常成人基準値: 3~7(約67%)

解釈: 人間全体への関心が反映される範囲を示します。

2以下: 他者への関心が低い。

8以上: 他者への肯定的関心が強い、または他者への不信感が強い。

A(動物全体反応)

健常成人基準値: 6~11(約58%)

解釈: 慣習的、型通りの反応を示します。

Ad(動物部分反応)

健常成人基準値: 2~4(約60%)

解釈: 動物の体の一部を答える反応です。部分的な視点や、防衛的な傾向を示唆します。

An(解剖反応)

健常成人基準値: 0(約71%)

解釈: 解剖図や内臓などを答える反応です。身体的な不安、抑うつ、破壊衝動などを示唆することがあります。

Art(芸術反応)

健常成人基準値: 0(約58%)

解釈: 芸術作品や美術品などを答える反応です。繊細さ、知性化(感情を思考で処理しようとする傾向)、あるいは現実からの逃避性を示唆します。

Cg(衣類反応)

健常成人基準値: 1~2(約53%)

解釈: 衣類や装飾品などを答える反応です。性役割や対人関係における不信への関心を示唆します。

Fi(火反応)

健常成人基準値: 0(約53%)

解釈: 火や炎などを答える反応です。激しい情動や衝動の存在を示唆します。

Ex(爆発反応)

健常成人基準値: 0(約85%)

指標基準解釈
H(人間全体)2~4対人関心、成熟した関係性。
Hd(人間部分)0~1警戒、不安の反映。
All H3~7他者への関心の範囲。
A(動物)6~11型通りの反応。順応性。
An(解剖)0身体不安、抑うつ傾向。
Art / Cg / Fi / Ex0~2程度個別性が高い。逃避性や攻撃性の可能性。

7. 形態水準(知覚の正確さ)

クライエントの知覚が、インクのシミの形態にどの程度正確に合致しているかを示す指標で、現実吟味力(現実を客観的に認識する能力)を評価します。

  • X+%(拡大良形態反応)
    • 健常成人基準値: 65~82%(約55%)
    • 解釈: 現実吟味力の主要な指標です。
      • 64%以下: 知覚が歪んでいる可能性があり、現実検討力に問題があることを示唆します。
      • 83%以上: 過度に慣習に依存している、または強迫傾向がある可能性を示唆します。
  • F+%(良形態反応)
    • 健常成人基準値: 57~82%(約55%)
    • 解釈: X+%とほぼ同様に現実吟味力を示しますが、F(形態反応)のみを対象としているため、より純粋な形態知覚の正確さを反映し、信頼性が高いとされます。
  • Xu%(特殊形態反応)
    • 健常成人基準値: 11~24%(約56%)
    • 解釈: 個性、創造性、柔軟な思考を反映します。高すぎると、現実から逸脱した知覚や、奇妙な思考傾向を示唆することがあります。
  • X-%(不良形態反応)
    • 健常成人基準値: 5~13%(約58%)
    • 解釈: インクのシミの形に全く合致しない、歪んだ知覚を示す反応です。
      • 14%以上: 現実検討力に重大な障害がある可能性を示唆し、統合失調症群などの精神病水準の障害で見られることが多いです。
  • S-%(不良形態空白反応)
    • 健常成人基準値: 0~10%(約71%)
    • 解釈: 空白領域への反応が、形態に合致しない、否定的・敵対的な内容である場合に算出されます。空白領域への否定的・敵対的反応が、現実吟味を妨げている可能性を示唆します。
指標基準解釈
X+%65~82%現実吟味力。64%以下で歪み。
F+%57~82%同上。より信頼性が高い。
Xu%11~24%個性・柔軟性。
X-%5~13%歪んだ知覚。14%以上で重篤。
S-%0~10%空白領域への敵意。

8. EA・EB:体験の量と質

EA(Experienced Actual:利用可能な資質)

指標: EA = M + SumC(Mは人間運動、SumCは色反応の合計)

健常成人基準値: 4~8(約56%)

解釈: クライエントが現在、心理的に利用可能な資質(内的資源や感情的反応性)の量を示す指標です。自我強度やストレスへの対処力に関連します。

EA ≧ 8.5: 豊かな内的・外的反応資質を備えており、ストレスへの適応力が高いことを示唆します。

EA ≦ 3.5: 利用できる資質が限られており、些細なストレスでも適切に機能できないリスクがあることを示唆します。

EAの値解釈
≦3.5資質が乏しくストレス耐性低い。
4~8安定した適応力を示す。
≧8.5豊かな内的資源。高適応。

EB(体験型)

クライエントがストレスや課題にどのように対処する傾向があるかを示す指標です。包括システムの中でも特に重要な指標の一つです。

  • 内向型(Introversive)
    • 定義: M > SumC(人間運動反応が色反応の合計より多い)
    • 特徴・解釈: 想像力や創造力が豊かで、理性や思考を重視して課題解決を計画的に行う傾向があります。感情よりも思考を優先し、自己評価を基準として行動します。症状が軽快すると心理療法を中断しやすい傾向があると言われます。
    • 健常成人の割合: 約37%(日本)
  • 外拡型(Extratensive)
    • 定義: SumC > M(色反応の合計が人間運動反応より多い)
    • 特徴・解釈: 感情に左右されやすく、反応的・行動的に対処する傾向があります。試行錯誤型で、衝動的になりやすい側面も持ちます。他者との対話を好み、発言が多くなる傾向があります。
    • 健常成人の割合: 約15%(日本) ※アメリカでは高めに出る傾向があります。
  • 両向型(Ambitent)
    • 定義: M ≒ SumC(人間運動反応と色反応の合計がほぼ等しい)
    • 特徴・解釈: Exnerの原法では、明確な対処様式がなく、ストレスに弱い傾向があると解釈されることが多かったです。しかし、日本では、内面への関心と外界への関心を同時に持ち、柔軟性と可塑性を持つと解釈されることもあります。この点は、原法と日本の解釈の違いとして覚えておくと良いでしょう。
    • 健常成人の割合: 約47%(日本)
  • 回避型(Avoidant Style)
    • 定義: L(ラムダ)≧ 1.19(形態反応の割合が高い)
    • 特徴・解釈: 外界の複雑な刺激を単純化し、回避する傾向が強いことを示します。刺激を経済的・表面的に処理する傾向が強く、ストレス対処において困難を抱えやすい可能性があります。
種類判定基準特徴
内向型(Introversive)M > SumC思考重視・計画的。
外向型(Extratensive)SumC > M感情優位・反応的。
両向型(Ambitent)M ≒ SumC柔軟・状況依存。
回避型(Avoidant)L ≧ 1.19外界刺激を防御的に処理。

おわりに

ロールシャッハテスト包括システムは、単に「何に見えるか」だけでなく、**「どのように見えたか」「何に注目したか」「どのような内容を答えたか」**といった多角的な情報を数値化し、クライエントのパーソナリティ、思考様式、感情処理、現実吟味力、ストレス対処能力などを客観的に評価するための強力なツールです。

これらの指標を総合的に解釈することで、クライエントの強みと弱み、抱えている葛藤やストレス、そして適切な心理的支援の方向性を見出すことができます。

臨床心理士試験では、各指標の定義や解釈、特に精神病水準の障害を示唆する指標(例:X-%の高値)や、ストレス対処様式(EB)などが頻繁に問われます。このブログが皆さんの学習の一助となれば幸いです。