家族療法は、個人の問題を単独のものとして捉えるのではなく、「家族というシステム」の機能不全や相互作用パターンに介入することで、問題の解決と家族全体の機能改善を目指す心理療法です。試験では、このシステム論的な視点が問われることが多いため、基本概念をしっかりと理解することが重要です。
もくじ
家族療法の基本概念
- システム(System):家族を、相互に影響し合う要素(個人)からなる一つのまとまりとして捉える視点。
- 円環的因果律(Circular Causality):問題の原因を単一の要素に求めるのではなく、家族間の相互作用が循環的に影響し合って問題が維持されると考える。
- ホメオスタシス(Homeostasis):家族システムが現在の安定状態(良い状態であれ、悪い状態であれ)を保とうとする傾向。これがあるため、変化への抵抗が生じることがあります。
- 境界線(Boundaries):家族内のサブシステム(例:夫婦、親子、兄弟姉妹)間の役割やルールを区別する見えない線。境界線が曖昧すぎると「巻き込みenmeshment)」が、硬すぎると「孤立(disengagement)」が生じ、問題の原因となることがあります。
- IP(Identified Patient):家族の中で「問題を起こしている」と見なされ、治療対象として名指しされた人物。家族療法では、IPを「病気」と見るのではなく、家族システムの問題が最も顕著に現れている人物として捉えます。
家族療法の主要学派と理論
家族療法には、多様なアプローチが存在します。試験対策としては、それぞれの学派の創始者、主要な概念、代表的な技法を関連付けて覚えることが効果的です。
1. 構造派家族療法(Structural Family Therapy)
- 創始者:Salvador Minuchin
- 主な特徴:家族の構造(Hierarchy)、サブシステム、境界線に焦点を当てます。不適切な構造を明確にし、健全な構造へと再編成することを目指します。
- 代表的な技法:
- ジョイニング(Joining):セラピストが家族システムの一員として信頼関係を築く技法。
- エナクトメント(Enactment):家族に治療面接の中で日常の相互作用を再現してもらい、そのパターンを観察・介入する技法。
- 境界線の強化・緩和:意図的に家族の座位を変えたり、特定のメンバーに話しかけることで、境界線を調整します。
2. 戦略派家族療法(Strategic Family Therapy)
- 創始者:Jay Haley、Cloe Madanes
- 主な特徴:問題行動そのものに焦点を当て、それを維持しているコミュニケーションパターンを直接的に変化させることを目的とします。短期的で具体的な行動変容を目指すのが特徴です。
- 代表的な技法:
- リフレーミング(Reframing):問題行動に対する家族の捉え方を変え、より肯定的な意味を与えることで、行動のパターンを変えやすくします。
- 逆説的介入(Paradoxical Intervention):問題行動をあえて「続けなさい」と指示するなど、逆説的な指示を与えることで、家族が行動を変えるきっかけを作ります(例:治療的ダブルバインド)。
3. 多世代家族療法(Multigenerational Family Therapy)
- 創始者:Murray Bowen
- 主な特徴:家族を多世代にわたる感情システムの産物として捉えます。個人の問題は、世代を超えて受け継がれた感情プロセスに起因すると考えます。
- 代表的な概念:
- 自己の分化(Differentiation of Self):感情と知性を区別し、他者との関係を保ちながらも、自律した自己を確立する能力。
- 家族投影過程(Family Projection Process):親の未解決な感情問題が、子どもに投影される過程。
- 多世代伝達過程:家族の感情パターンが世代を超えて引き継がれるプロセス。
- 代表的な技法:ジェノグラム(Genogram)という家族の系図を用いて、多世代にわたる関係パターンを可視化し、分析します。
4. コミュニケーション派家族療法(Communication Family Therapy)
- 創始者:Gregory Bateson、Paul Watzlawick
- 主な特徴:家族間のコミュニケーションのパターンとルールに着目します。
- 代表的な概念:
- ダブルバインド(Double Bind):メッセージの2つのレベル(言葉と非言語)が矛盾しており、受け手がどちらにも対応できない状態。この状態が統合失調症の原因になるという仮説が提唱されました。
- メタコミュニケーション(Meta-communication):コミュニケーションについてのコミュニケーション(例:「冗談だよ」「真面目な話です」など)であり、メッセージの意味を明確にする役割があります。
家族療法の臨床的意義
家族療法は、個人療法では見えにくい家族間の相互作用を明らかにし、問題解決を促すことができます。特に、摂食障害やひきこもり、子どもの問題行動、夫婦間の葛藤など、家族全体が問題に巻き込まれている場合に有効です。臨床心理士や公認心理師として、多角的な視点からクライエントを理解するために、家族療法の知識は不可欠です。
主要学派・創始者・概念のまとめ
流派 | 創始者 | 主な概念・技法 |
構造派家族療法 | Minuchin, S. | 家族の構造、サブシステム、境界線、ジョイニング、エナクトメント |
戦略派家族療法 | Haley, J. / Madanes, C. | 問題行動、リフレーミング、逆説的介入(パラドックス) |
多世代家族療法 | Bowen, M. | 自己の分化、家族投影過程、ジェノグラム |
コミュニケーション派家族療法 | Bateson, G. / Watzlawick, P. | ダブルバインド、メタコミュニケーション |
システミック家族療法 | Selvini Palazzoli, M. ほか | 円環的質問 |
精神力動的家族療法 | Ackerman, N. | 精神分析概念の応用、全体としての家族 |